第三章
36歳、夫の言葉に
「自分を生きる決心」
夫に言われた衝撃的な一言は何でしたか?
もう子供を授かることも諦めて、夫婦2人の生活だったんですけど、夫にある日突然、「自分の人生は自分で考えて、人のせいにしないで」って言われて、ずっと夫に合わせて生きてたら、いきなりそうやって突き放されて。 「え、どうしよう」と思って。でも、夫が言ってることは今思えば最もなんだけど、当時はね、「どうしよう」と思って。世の中がすごく不景気だったから、仕事が全然なくて、あの、本当に塾の受付のバイトに新卒の男の子が来るような、そういう時代で、「え、そんな無理じゃん」って思った時に、大学入るのは社会人入試で面接と小論文だけで入れるから、「じゃあ、ちょっと大学行って勉強しようか。そこでちょっと自分の仕事にできそうなこと勉強しようかな」と思って。
乗馬やってたから、乗馬療法っていうのがあって。いろんな障害のあるお子さんが、こう、運動することによって発語ができたり。そういう授業を取ってたんです。で、なんか嚥下療法っていうのがあって、要介護の人でも、こうやって外で動かすと気分転換になるのがあって、「あ、いいな。そういうの仕事にしたいな」って思って。ちょうどその時犬飼い始めたり、馬乗ったり。お花が好きだったから、そういうのを大学で学べるっていうのでいいなと思ったけど、ただ大学に残って研究するのはちょっと違うなと思って。
大学1年生が終わった時に「どうしよう」と思って。でもこのまま学校辞めても特に、学校は今楽しいし、勉強するのはやっぱり楽しかったから、 理学部だから理科の教員免許が取れるんですよ。18で入った時の大学で教員免許持ってたから他教科申請って言って自分で申請したらできるの。普通は1年生で教員免許取らないと取れないけど、学校と交渉して「私、もう教員免許持ってるんで、あの、履修科目だけ取らせてください」って言って、「ここでOKもらえないと私大学辞めて、科目履修生で入り直さなきゃなんないから、それじゃなくて学校に残りたいんです!!」って。すごい交渉して無理やりOKを取った。それで、1年生しか取れない科目を後輩と一緒に取って。
大学で大変だったことはありますか?
物理の授業が大変でしたね。物理の先生が全然物理ちゃんと教えてくれてなくて全然わからなくて。後輩、友達とかが参考書とか、問題集とかくれて。めちゃくちゃ勉強して、でも楽しかったな。その時18、19歳だった友達たちもみんな今結婚して、お父さん、お母さんだ。
素敵な関係です!そのあと理科の講師になったんですね!
そうそう。40代で今務めているところの講師になりました。先生になって...

